コンテンツ
ヘッダ

Aqua

ミディアムアクア 一滴の「永遠の命に至る水」を夢見て

ボディ
メインコンテンツ

カレンダー

<< January 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

記事

タイトル
タイトル
平和への祈り
記事本文

秋雨の晴れ間、このところの長雨による流れ豊かな川の辺には

セイタカアワダチソウの鮮やかな黄金色が目に留まります。

色褪せはじめた葦原とは対照的に、「生命力」という花言葉の如く輝く

風に揺れるセイタカアワダチソウの穏やかな光景は、

まさに日本の秋の風物詩といえるかもしれません。

 

今年もノーベル賞のシーズンが始まり、

平和賞は国連採択された核兵器禁止条約の推進に尽力された

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に贈られましたが、彼らと共に活動し、

条約採決に大きな貢献を果たされたカナダ在住の被爆者サーロ節子さんは、

私個人とりましても、近年最も心に残る人物の一人です。

異国の地で幸せな家庭を持ち、社会福祉活動も行われていたようですが、

13歳で壮絶な被爆体験をして以来、被爆者としての言葉を

人々に伝えることがこの方の重要な使命であったことは間違いないでしょう。

齢85歳にして、サーロさんの揺るぎない信念の強さ、溢れる温かい人間力に

この方が乗り越えて来られたであろう数々の試練が窺い知れます。

 

『広島の平和公園には慰霊碑があり、そこには

「安らかに眠ってください、過ちは繰り返しませんから」と書かれています。

 これが被爆者の誓いになりました。

 そうしてこそ、愛する人たちの正視に耐えない死も

 無駄死にでなかったことになるのです。

 そうあってこそはじめて、私たちが生き残ってきたことも

 意義を持つのです。』(沈黙の閃光/サーロ節子、より抜粋)

 

個の苦しみを自らの生きる使命として昇華させ、

長きに渡り、ご自身の言葉で真の平和のための活動を続けられた

サーロさんの原点がここにあるように感じます。

 

そして、いま日本で享受している平和の尊さについて、

もう一度考えてみたい、そう思います。
 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
観月の夕べ
記事本文

今宵は十五夜、「中秋の名月」。

旧暦では月の満ち欠けの周期を一月、約三十日とし、

満月を迎える夜を十五夜と呼ぶようになったとか。

故に、新暦である今夜の名月は満月ではないようですが、

一際空気が澄み、秋風が冷たさを増した今宵、

月の神の依り代となる一輪のススキを供え、

虹色の光輪を纏った格別に麗しき月を静かに見上げます。

 

先週開催しました「サレンダー」のワークショップには、

様々に人生経験豊かな方々にお集まり頂き、

ご自身の「サレンダー」〜手放し、ゆだねることについて

見つめて頂きました。

ワークでは、今は笑顔が素敵な皆様それぞれの涙の経験にも

そっと触れさせて頂き、一層心に残るひと時となりました。

人生で困難な出来事に直面する時、

それは自らを繰り返し束縛する思考、感情、行動に気付く

契機に他なりません。

人生は、折に触れ、私たちが自らの意志で束縛を手放し、

狭小な世界から、より広大で自由な意識へ向かうことを促します。

 

月の満ち欠けのごとく、

日常で悲喜交々の出来事が繰り返されようとも、

魂の為すべきことは自らを制限する不要なものを手放し、

本来の輝きを取り戻すことにある、そう信じています。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

記事続き
タイトル
タイトル
朝露の輝き
記事本文

二十四節気では、秋の深まりと共に朝夕の大気が冷え込み、

草の葉に白い朝露が結ぶ「白露」の頃となり、

ここのところ、窓から舞い込む夜風は秋涼そのもの。

 

「露」は、朝の日の光にたちまちに消えゆくことから、

万葉以来、いのちや人の世の儚さの喩えとされてきました。

移ろいゆく自然、季節に身を置きながら磨き上げたられた

古人の美意識と言えるかもしれません。

 

ある番組で、長年植物の世界を丹念に描いてこられた絵本作家が

まだ明けやらぬ黎明のキャベツ畑に出向き、

山の端に朝日が昇る瞬間の光を受け、ほんの束の間、

朝露の中に次々と変幻する美しい色彩の小宇宙の光景に

幼子のように目を輝かせておられたお姿が今も心に残ります。

 

大切な家族との掛け替えのない時間も、夢を叶えた輝かしい瞬間も、

人生の美しい時は常ではなく、移ろいゆくからこそ尊いと言われますが、

魂に、心に刻む一瞬の『朝露の輝き』は永遠の記憶となる、

そう信じています。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
爽秋の風
記事本文

早くも長月。

朝夕の風にようやく涼やかな秋の気配が漂い始めました。

晴れ渡る空の青さにも、虫の音響く家路を照らす月の夜空にも、

新たな季節の心地よい清澄な空気が感じられます。

爽やかな風の到来は、心に纏わりつく暑気さえも洗い流し、

明瞭な心の視界を取り戻すことを促すことから、

日々の気づきを深めるに相応しい季節と言えるかもしれません。

 

さて、先日開催いたしました『My Story』のワークショップでは、

ご自身の人生のブループリントを一冊の物語として紐解き、

人生の課題、主人公の個性、カルマの解消、登場人物の役割などを

静かに見つめて頂きました。

中でも、瞑想では今生に深く関わる過去生の大切な場面を

ご覧頂く試みを行いましたが、幸い参加者皆さんがご自身の過去生に触れ、

当時の立場、感情、持ち越された課題について、

感じ取られたエッセンスをそれぞれに表現して頂いた深遠なひと時が

今も強く印象に残っています。

『My Story』でのご経験が皆様にとって、ご自身と人生への

一層の理解を深める機会となりますことを願ってやみません。

 

ワークショップに参加する度に何かが一枚ずつ剥がされてゆく気がします、

という嬉しいお言葉を参加者のお一人から頂きました。

心に渡る清涼な気づきの風は、少しずつ靄を吹き払い、

私たちの心の目を開かせてくれる、そう信じています。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
記憶の秘密
記事本文

厳しい暑さが峠を越える頃とされる「処暑」を迎えました。

未だ耐えがたい猛暑は続きますが、山の稜線の向こうに広がる

鮮やかな青空に浮かぶ真っ白な入道雲と巻雲が競演する「行合の空」は、

まさに「ゆく夏」と「くる秋」の融合の光景。

幼い頃から眺めていたようなこの時季ならではの空模様。

気が付けばそこに、密かな美しい季節の移ろいがありました。

 

ある特定の人物や光景、場所、出来事との遭遇によって、

実際には一度も経験していないにもかかわらず、

遠い記憶が呼び起されるような既視感(デジャブ)を覚えることは、

皆様も長い人生の中では一度はご経験されているかもしれません。

初めて出逢うのに、なぜか懐かしさを覚える人物、

一度も習ったことの無い事柄をなぜかそつなく熟せてしまう。

そこには深い意味があるように感じます。

 

先日、退行催眠によって呼び覚まされた被験者たちの霊界での記憶を

一冊の本にまとめたものを興味深く読ませて頂く機会がありました。

死後霊界へと戻る魂がどのような場所に帰還し、

どのような活動を行うのかが描かれていましたが、驚きましたのは、

以前私自身が創作した霊界についての誘導瞑想の内容に

非常に酷似した場面があったことです。

これまで私が得た他からの情報、知識を鑑みても、

瞑想の中のイメージ、詳細な描写は私自身の想像力からのものだとすると、

そこには私の中にある霊界の遠い記憶が重なっていたのかもしれません。

 

今生を忠実に生きる為に、私たちの過去生の記憶は失われます。

ベールに覆われた魂に刻まれた遠い記憶は、

時に、ほんの束の間よみがえり、

その出逢いが、その場所が、自らの人生にとって大きな意味があることを

そっと教えてくれているのです。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
自分の花
記事本文

自分の花を咲かせましょう。

他人の目や評価に振り回されることなく、

自分の花を一所懸命に美しく咲かせよう。

 

渡辺和子『幸せはあなたの心が決める』

 

昼下がり、駅へと向かう道すがら、

緑生い茂る蔓棚には朝顔の鮮やかな紫が際立ちます。

夏の名残を惜しむかのように、いのち輝かせ、ひたむきに咲く朝顔。

その姿に『ただ懸命に生きること』の大切さに気付かされます。

日常の何気ない風景は、

見つめるべき無数の真理で彩られているのかもしれません。

 

人もまた、限りある生命を知り、自分だけの花を咲かせることが

人生の重要な目的であると言えるかもしれません。

自分らしい在り方、夢や目標は、

自らの決意や努力、挑戦でしか、叶えることはできません。

おそらく容易ではないでしょうが、諦めずに進みましょう。

自分だけの花を咲かせる道に向かって。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
風に乗って
記事本文

立秋とは名ばかりの残暑厳しい日が続きますが、

川沿いの松並木をゆけば、風に乗って通り過ぎた小さなとんぼの姿に

お盆の頃に先祖の魂が姿を変えると言われる「精霊トンボ」が重なります。

五山の送り火を迎える頃、きっと皆様も今は亡きご家族へ想いを寄せ、

懐かしさと感謝の気持ちで過されることでしょう。

 

先日開催しました『Sitting in the Power』のワークショップでは、

私のワークショップへはじめてお越し下さる方も多く、

それぞれの熱意の化学反応が感じられる新鮮なサークルとなりました。

『パワーの中に座る瞑想』を通し、スピリットガイドからの働きかけ、

サイキックレベル、ミディアムシップの実習でも

これまでにない明瞭な感覚を覚えられた方は少なくないようでした。

 

今に至るまでの読書や瞑想等の個人的な霊的学びから一歩踏み出し、

クラスやワークショップに参加し始めたという状況の方々にとって、

この『パワーの中に座る瞑想』のご経験が、

意識を高め、独自の感性を開き、スピリットと交流を図るためには

意図的な安定したエネルギーの基盤づくりが必須であることに

学びの早い段階で気付いて頂く『契機』となりますことを願ってやみません。

今後さらに、無限に広がる可能性の大空へと羽ばたいて頂きたい、

そう思います。

 

 

皆さまの心が平和と共にありますように。

 

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
大雨時行
記事本文

七十二候では夏の最後の候、「大雨時行(たいうときどきふる)」。

集中豪雨や夕立など、時として大雨が降る晩夏の頃。

地元では今日、暦通りに一天にわかに掻き曇り、雷鳴轟く夕立がありました。

本来乾いた大地を潤す恵みの雨ではありますが、

予想を超えた水害の発生も頻繁となった昨今では、

心の備えが必須なのかもしれません。

 

さて、お蔭様で7月末ですべての夏期クラスを無事終了いたしました。

其々のクラスにおきまして、充実した学びの時間を共に過ごさせて頂き、

この場をお借りし、すべてのクラスの皆様方へ心より感謝お申し上げます。

7月30日のミディアムクラスが夏期最終クラスとなりましたが、

クラスやクラスの後に開催しました上級生による「霊界通信の会」の中での

今は亡き大切な方々との温かい交流のひと時が心に残っております。

今期はクラスの方々の一層の向上が感じらるシーズンだったように感じます。

来期での皆様との切磋琢磨の時間を今から心待ちにしております。

 

オフシーズンである8月はワークショップの開催が中心となります。

明日は『Sitting in the Power』のワークショップを開催いたします。

こちらはお蔭様で満席となりましたが、

『ミディアムシップ入門』、『ミディアムシップアドバンス』では

まだ若干空席がございますので、ご興味がお有の方は是非お申込みください。

明日、新たなお顔ぶれの方々との一期一会の学びのひと時を

心より楽しみにしております。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
夏の彩り
記事本文

厳しい日差し射す散策道では可憐な夏の主役たちの登場となりました。

「繊細な美」の花言葉通りに涼やかな淡桃色の芙蓉の花や、

風に揺蕩う白い百日紅の見事な花房は、まさに一幅の清涼剤。

暑気を払い、心癒す一瞬の光景に感謝。

 

さて、先日は『ヒアナウ〜今ここ』のワークショップを開催し、

皆様それぞれの『ヒアナウ』を見つめるひと時を共有させて頂きました。

人それぞれ置かれた立場や状況、抱える問題も違っていますが、

人生の「今ここ」にこそ、その方が気付くべき、為すべきものが

集約されていることを理解して頂けたように感じます。

皆様の人生の深い経験に触れさせて頂き、大変光栄にも感じました。

 

有意義なひと時を過ごしたその日の夜更け、

英国の恩師から自死された知人の残されたご家族の為に

癒しの祈りを捧げてほしいとの連絡が入りました。

私自身の『ヒアナウ』がそこにあったように感じます。

すべては必然であるなら、目の前に展開する『今ここ』を感じ、

今出来ることを積み重ねてゆきたい、そう思っています。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
鷹乃学習
記事本文

七十二候では「鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)」。

春に孵化した鷹の幼鳥が、ひと月ほどで飛び方や狩りを学び、

親元から巣立ってゆく頃。

大空を舞う孤高の鳥も、厳しい自然界を生き抜くために

短期間で独り立ちする力を養わねばならない差し迫った様子が伺われます。

 

梅雨明けの報せも届き、本格的な夏の到来となりました。

つい先だって「初蝉」の声を聴いたばかりですが、

早くも今朝はベランダに一匹の蝉の亡骸がありました。

蝉は地中で幼虫として数年を過ごし、やがて地上で羽化し

成虫としての短い人生を終えるようです。

蝉の声は、まさしく人生のフィナーレのいのちの叫びなのかもしれません。

 

宇宙の摂理の中で、鳥には鳥の、虫には虫の宿命があり、

限られた条件の中で成長への果敢な挑戦を続けていることに気付かされます。

人の宿命も運命も自らの成長を最も促す課題に満ちていると言われます。

そして、人生の悲喜交々の経験のすべては、魂の「わざをなす」為、

今そう感じています。

 

 

皆様の心が平和と共にありますように。

 

記事続き
フッター
コピーライト
This template is made by CYPHR. (C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.